大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 平成3年(行ウ)12号 判決

原告 高倉啓一

被告 国税不服審判所長

代理人 大西勝滋 白濱孝英 宮崎和夫 林田勝征 安東忠則 相良常氏 ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

宇土税務署長が平成二年二月二七日付けでした昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分所得税の各更正処分並びにこれらに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分について、被告が平成三年四月一九日付けでした原告の審査請求をいずれも棄却する旨の決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分についてなされた審査請求の審理において、原告及びその代理人が口頭意見陳述を申し立てたのに、被告の審判官はその機会を与えなかったから、右審査請求についてなされた裁決(以下「本件裁決」という。)は、憲法三一条、三二条に違反する重大かつ明白な瑕疵があるとして、その取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実及び括弧内掲記の証拠により認められる事実

1  原告は、住所地において建築業を営んでいる者であるが、昭和六一年分から昭和六三年分までの所得税について、いずれもその法定の申告期限内に、別表「課税処分経緯表」の申告欄記載のとおり白色申告書による確定申告をしたところ、宇土税務署長は、原告に対し、平成二年二月二七日付けで、右各年分の所得税について、総所得額及び納付すべき税額を同表の更正欄記載のとおり更正処分し、これに伴い同表の過少申告加算税欄記載のとおり過少申告加算税の賦課決定処分をした(争いがない。以下、各年分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を合わせて「原処分」という。)。

2  原告は、宇土税務署長に対し、平成二年四月二六日、原処分について異議申立てをしたが、宇土税務署長は、同年七月二五日、異議申立てをいずれも棄却する旨の異議決定をした(争いがない。)。

3  原告は、同年八月二五日、被告に対し、原処分について審査請求(以下「本件審査請求」という。)を申し立てた(争いがない。)。

4  原告は、同日付けで宇城民主商工会会長である五嶋映司、原告の妻高倉るい子、緒方幸一、谷口久巳臣、永井孝、吉田仁、福田慧一、川永露男、永松勝俊、井芹栄次、堀口章、釘崎朋子の一二名を本件審査請求の代理人として選任し、さらに、同年一二月三日付けで税理士である牛島昭三、弁護士である原告代理人江越和信、同塩田直司、藤田光代、永尾廣久の四名及び森内一彦、桑村孝行の計七名を代理人に選任した(〈証拠略〉。なお、以下、原告及び代理人らを「原告ら」と総称する。)。

5  原告らは、平成三年一月一九日、口頭意見陳述の申立てを行ったが、担当審判官は、原告らの希望する出頭した原告ら全員が同時に臨席する方法での意見陳述は受け入れられないとして、結局口頭意見陳述の聴取を行わず、被告は、平成三年四月一九日付けで原告の審査請求を棄却する旨の本件裁決をした(争いがない。)。

二  争点

原告らから口頭意見陳述の申立てがなされ、原告から口頭意見陳述の際には原告及び代理人ら合計九名全員を同時に入室させてほしい旨の要望がなされたが、被告から原告に対して、三名ずつ三回に分けて口頭意見陳述聴取を行う旨通知し、原告がこれを拒否したため、その聴取をせずになされた本件裁決は違憲・違法か。

第三争点に対する判断

一  国税通則法(以下「法」という。)一〇一条一項によって準用される同法八四条一項によれば、担当審判官は、審査請求人から申立てがあったときは、口頭意見陳述の機会を与えなければならないとされている。法が口頭意見陳述権を認めた趣旨は、審査請求人の手続的権利を保障することによって、職権審理の専断を防止し、また、審査請求の審理が書面審理を基調としつつ、口頭意見陳述をさせることによって、書面のみでは十分にその意を尽くせないところを補充させ、もって、公正な審理に資するためであると解すべきである。しかしながら、口頭意見陳述の方式については法は何ら規定を設けていないことにかんがみるならば、いかなる方式でそれを実施するかは、右制度の趣旨、目的に反しない範囲で事案の審理に当たる審判官の合理的裁量に委ねられているとみるべきであり、ただ、口頭意見陳述の機会を与えたとしても、申立人にとって意見陳述が不可能に等しい機会を与えた場合のように、審判官が右裁量の範囲を逸脱したと認められるときは、審理手続は違法となり、裁決も取消しを免れないというべきである。

二  そこで、審判官に裁量権の逸脱があったか否かについて検討する。

1  前記認定事実及び括弧内掲記の証拠並びに争いのない事実を総合すれば、本件審査請求の審理手続の経過として、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、平成二年八月二五日、被告に対して本件審査請求を申し立て、釘崎ら一二名を代理人に選任した。被告は、その支部機関である熊本国税不服審判所(以下「熊本審判所」という。)所属の職員井坂靖を本件審査請求の担当審判官とし、同年九月二八日付け書面で原告にその旨通知した(〈証拠略〉)。

原告らは、同年一〇月二九日、井坂審判官に本件審査請求の進行状況を問い合わせたが、同人は一一月になったら現地調査等の日程を決めたい、閲覧請求などがあったら、早く出すようにと回答した(〈証拠略〉)。

原告は、専門的な知識を持った者にも代理人になってもらう必要があると判断し、同年一二月三日、税理士、弁護士ら七名を新たに代理人に選任する一方(〈証拠略〉)、同日、原告らは記録の閲覧のために熊本審判所へ赴いた際、井坂審判官と面会したところ、同人は、原告に対する現地調査を同月一三日に行いたい、実額主張をするなら、資料があるはずだから速やかに提出されたい旨原告らに述べた。これに対し、原告らは、現地調査の期日については後日連絡する旨回答したが、井坂審判官は、原告らからの連絡を待たずに、同月六日、調査日を同月一三日にする旨通知した(〈証拠略〉)。

(二) そこで、原告らは、同月一〇日付けで同年「不服審査のすすめ方についての要望書」と題する書面を熊本国税不服審判所長あてに提出し、同月一三日の原告に対する調査は変更を希望すること、原告側の反論書、原処分庁の再答弁、再反論を通じて争点が明確になったところで口頭意見陳述を求めること、原告に対する調査は、反論書の提出・口頭意見陳述後、争点が明確になった時点でただちに行うようにお願いすること及び今後の進行についての打ち合わせは、釘崎代理人との間でお願いしたい旨申し入れた(〈証拠略〉)。

ところが、井坂審判官は、実額主張をしているのは原告だから、資料は当然あるはずであり、それを速やかに提出してもらわないと審査できないとして、同月一三日午後一時ないし三時ごろ、原告が留守であるにもかかわらず原告方を訪ね(〈証拠略〉)、さらに、原告に対し、同月一七日付け書面で平成三年一月八日までに反論書、証拠書類を提出するよう書面で通告した(〈証拠略〉)。

一月八日までに反論書を提出するのは困難であったため、原告らは、年内に一度井坂審判官に会って、書類の提出及び審理の進め方について相談しようと話し合い、平成二年一二月二五日、二六日の二回にわたり、釘崎が井坂審判官に電話連絡した。しかし、同人はいずれも不在であり、電話を受けた職員は、その旨告げるとともに、面接は同人の在庁する翌年の一月七日以降にしてもらいたい旨応答した(〈証拠略〉)。それでも原告らは、原告ら側の事情を説明するべく、平成二年一二月二七日、牛島、塩田、江越、釘崎、永松、井芹、堀口の代理人七名が熊本審判所を訪ね、在庁していた瀬口篤重審判官らに対し、〈1〉大まかな目標として、反論書の提出を平成三年一月末、口頭意見陳述を同年二月、調査を同年三月(できれば三月一五日以降)にしてもらいたい、〈2〉書類は整理して出したいので、提出を一月末まで待ってほしい、書類が出ないからといって打切りにしないでほしい、〈3〉釘崎代理人に窓口を一本化してもらいたい旨要望した。これに対し、瀬口審判官は、担当審判官が不在なので返事はできないが、その旨を十分伝える、具体的には担当審判官とよく相談してほしい旨答えた(〈証拠略〉)。

ところが、井坂審判官は釘崎代理人に対し、平成三年一月九日付け書面で、同月一九日までに反論書、証拠書類を提出しないと、期日後の書類は受理しないことがある旨通知してきた(〈証拠略〉)。そこで、原告らは、反論書その一を急ぎ提出する一方、同月一九日、釘崎、江越、堀口、永松の代理人四名が熊本審判所へ赴いて、井坂審判官と面接し、改めて同人に口頭意見陳述を行いたい旨口頭で申し出た。同人は、口頭意見陳述の聴取を同年二月一八日から二一日のいずれかの日に実施したいので、都合のよい日を遅くとも同月一日までに連絡するよう求めるとともに、意見陳述者の人数を三人以下に絞るよう求めたが、これに対し、江越代理人は検討させてほしい旨回答した。また、井坂審判官は口頭意見陳述の内容を文書にして出してほしい旨要望し、江越代理人もこれを了解した。その後、井坂審判官は、原告及び釘崎代理人に対し、同月二一日午後一時から午後三時まで熊本審判所会議室において口頭意見陳述を聴取する旨同年二月八日付け書面で通知したが、同年一月一九日から同年二月二一日までの間、原告らから井坂審判官に対して何の連絡もなかった(〈証拠略〉)。

(三) 同月二一日午後一時、原告及び釘崎、牛島、江越、五嶋、緒方、永松、井芹、堀口の代理人八名、合計九名が、口頭意見陳述のため熊本審判所を訪れた。応対した同所の宮尾一二三管理課長は、井坂審判官がこれより先の同年一月一九日に入室者は三名程度にしてほしい旨申し入れていたことを受けて、入室する者を決めるよう原告らに告げたが、これに対し、原告らは、分担して意見を陳述するので、九名全員を入室させてもらいたいと申し出た。宮尾管理課長は、それぞれが分担して意見陳述するのは構わないが、一回の入室者は代理人三名までにするようにと再度告げたが、原告らは、前の者の発言により後の者の言い回しが変わることもあり、相互に影響することもあるから、全員一度の入室を求める、全員入室しても、発言は一名ずつ順次行うから喧騒になることもない、前年の天草の事案でも同程度の人数の入室が認められたのに、なぜ入室人員を制限するのか、審判官は口頭意見陳述の申し出を受けた場合は受ける義務があるし、入室人員を制限できる権限は法律のどこにも書かれていないなどと述べて、応じなかった。宮尾管理課長は、別に口頭意見陳述を拒否するわけではない、九名が一度に入室することはできないにすぎない、審理の進め方については審判官が責任をもって行うのだから、本日の方法もそれに従ってもらうと説得を続けたが、原告らは、それは権力の濫用だ、入室人員を制限できるのは場所が狭いとか、会場が喧騒にわたるといった場合であり、本日はそのようなことはないなどと繰り返し抗議し、しばらくの間、押し問答が続いた。原告らは、口頭意見陳述の方法等について熊本審判所所長に面談を申し入れたい旨述べたが、宮尾管理課長は、それぞれの審理は審判官が責任をもって行うもので、その進め方は審判官の権限であると答え、右面談の申入れを拒否した。さらに、原告らは、口頭意見陳述のやり方について、井坂審判官に直接面談したいので、取り次いでもらいたい旨申し出た。宮尾管理課長が井坂審判官に右状況を伝達したところ、同人は宮尾管理課長を通じて、審理の運営は担当審判官が決めることであり、話し合う事柄ではないが、三人程度口頭意見陳述のために入室してもらい、冒頭部分で審理の方法について意見を述べてもらってもよい旨原告らに告げたが、原告らはこれに応じなかった。そのうち、午後三時近くになってしまったため、宮尾管理課長は井坂審判官に連絡し、同人から同月二五日午後二時から午後四時の間なら改めて口頭意見陳述の時間が取れる旨聞いて、原告らに意向を訪ねた。しかし、原告らは、審判所側が口頭意見陳述及び口頭意見陳述のやり方についての申入れをいずれも拒否したことについて、改めて文書で抗議したいので、文書で回答してほしい旨申し入れて、その場を辞去した。(〈証拠略〉)。

(四) 井坂審判官は、右申入れのとおり同月二五日午後二時から午後四時までの間、口頭意見陳述聴取のため待機していたが、原告らからは何の連絡もなく、結局、口頭意見陳述は行われなかった。井坂審判官は、原告らに更に口頭意見陳述の機会を与えることとし、原告及び釘崎代理人に対し、同年三月一八日午後二時から午後四時まで熊本審判所会議室において口頭意見陳述を聴取する、ただし入室者は三人以内とする旨同年二月二六日付け書面で通知した(〈証拠略〉)。

井坂審判官は、同月一一日、右通知の日時を再確認するとともに、速やかに陳述を行うよう直接原告を説得すべく、原告方へ電話し、不在の原告に代わり、在宅していた原告の妻るい子に対し、同月一八日は口頭意見陳述の聴取のため待機している旨伝えた(〈証拠略〉)。他方、原告らも、同年三月一一日、井坂審判官に同月九日付け書面(以下「意見書」という。)を提出し、〈1〉二月二一日に口頭意見陳述の手続、方法について意見を述べたいという原告らの申入れを拒否した理由及び根拠、〈2〉入室人数を制限した理由及び法的根拠、〈3〉右当日のやり取りでは四人の入室を認めていたのに、二月二六日付け書面では三人以内としている理由について釈明を求めるとともに、原告及び代理人については入室できる人数の入室を認めるべきである旨意見を述べ、これに対する返答があり次第、口頭意見陳述を行う旨申し入れた(〈証拠略〉)。

ところが、井坂審判官から右申入れに対する釈明、回答がなかったため、堀口代理人は同月一五日、意見書に対する返事があり次第、口頭意見陳述を行う予定である旨井坂審判官に電話で連絡したが、同人は、審理の進め方については自分の方針でやらせてもらう、一八日は口頭意見陳述なら聴くが、意見書についての釈明ということであれば会わない旨答えた(〈証拠略〉)。

同月一八日、原告及び釘崎、永松、堀口、吉田、井芹の代理人五名が熊本審判所を訪れ、原告の審査の進め方について申し入れたいと、六名全員での面会を求めた。しかし、井坂審判官は宮尾管理課長を通じて入室者を三名にするならば応じるが、六名全員ならば面会を拒否する旨回答したため、原告らが譲歩し、釘崎、永松、堀口の代理人三名が面接することとなった。井坂審判官は、意見書については必要を認めないので書面による回答はしない、また、審理の進め方は、担当審判官が責任を持って行うべきものである旨述べるとともに、一回ごとの入室人員を三人以内が妥当と判断した理由について、〈1〉口頭意見陳述は、書面では言い足りないことを聴取するものであり、審査請求の内容を最もよく知っている審査請求人から意見陳述を聴くことが重要であり、本人で言い足りないなどの場合にこれを補う者がいれば足りること、〈2〉多人数が同席すると異常な雰囲気になり、気が散って陳述の真意を受け取り難いことがあることを挙げ、さらに、口頭意見陳述の人数を制限するのではなく、一回の入室者を三人以内とするにすぎないなどと述べた。そして、一回ごとの入室者を三名以内にして意見陳述を行う意思があれば連絡するよう釘崎代理人らに伝えた(〈証拠略〉)。

同月一九日、井坂審判官は原告方へ電話し、同月二六日午後二時ごろ、原告方で面談したい旨として都合を尋ね、同月二〇日付け書面でその旨通知した(〈証拠略〉)。これに対し、原告らは、同月二二日、同月二〇日付け書面を提出し、原告に対する調査は、口頭意見陳述を行った後、その必要性を明確にした上で受けたいなどと井坂審判官に申し入れたが(〈証拠略〉)、同人は、右通知どおり同月二六日に原告方を訪問した(〈証拠略〉)。

その後、原告らは、同年四月一五日、意見書に対して文書での回答を求める申入書を井坂審判官に提出したが(〈証拠略〉)、同人はこれに回答せず、結局口頭意見陳述が行われないまま、被告は同年四月一九日付けで本件審査請求を棄却する旨の本件裁決をした。

2  ところで、証拠によれば、本件口頭意見陳述聴取の場所に指定された熊本審判所会議室の広さは、一辺が約四メートル、もう一辺が約六、七メートルの細長い部屋であり、一二ないし一五名ぐらいは入れる広さがあったこと(〈証拠略〉)、また、平成二年八月三日に同じ場所で審査請求についての口頭意見陳述が行われたときには、代理人も含めて一一名が全員一度に入室したこと(〈証拠略〉)が認められるから、少なくとも右会議室の広さは、本件で口頭意見陳述を希望した九名全員が入れる程度のものであったということができる。

しかしながら、口頭意見陳述聴取場所が原告らの希望する九名を収容できる能力があるという一事から全員を入室させて右聴取を行わなければならないというものではなく、担当審判官において審査請求人らの陳述を理解し、提出された書面についての理解を補充するに有益か否か、被告側の事務処理能力、審判室の構造、収容能力等を総合的に考慮して一度に入室する意見陳述人の人数を決定することは審判官の合理的な裁量の範囲内として許されるものと解すべきであり、当該部屋の収容能力という物理的条件は決定的要因ではないというべきである。

そして、証拠(〈証拠略〉)によれば、口頭意見陳述を録取する際には、録音テープを使用せず、審査官が陳述をその場で筆記していき、録取書に要約した内容を陳述者に確認してもらい、その場で署名捺印してもらうことになっているところ、右平成二年八月の口頭意見陳述の際には陳述を十分筆記できなかったため、事後的に陳述者から陳述内容のメモを提出してもらって録取書を作成したことが認められる。本件においても、井坂審判官が原告らに対し、意見陳述の内容を文書にして提出してほしい旨要望し、原告らもこれを了承したことは前記認定のとおりであるが、にもかかわらず、原告らが井坂審判官又は宮尾に対し、右文書を示したり、文書を用意していることを示唆したりしたことを認めるに足りる証拠はないから、原告ら全員が一度に入室して口頭意見陳述した場合に、井坂審判官がこれを整理して理解することには、困難を伴ったであろうということができる。

したがって、井坂審判官が本件口頭意見陳述の際に一度に入室して意見を述べる人数を制限したことには、一応理由があったというべきである。

3  これに対し、原告らは、出頭した九名全員が次のとおり具体的に役割を分担して意見陳述する予定だったのであり、しかも、前の者の発言により後の者の言い回しが変わることもあり、意見陳述の内容は相互に影響するから、全員一度に入室する必要があったと主張する。

(1) 納税者の基本的人権と税務調査の限界(堀口代理人)

(2) 不服審査手続の総論(江越代理人)

(3) 事業の実態と事後調査、異議調査の事実経過と税務調査への意見(原告)

(4) 推計方法の誤りについて(井芹代理人)

(5) 原告の実額による所得金額について(釘崎代理人)

(6) 建設業界の現状と実態について(緒方代理人)

(7) 本件審査請求の審理手続について(永松代理人)

(8) 推計理由への反論・陳述人制限批判と全体の補論(牛島代理人)

(9) 審判所への要望について(五嶋代理人)

しかしながら、原告らが陳述を予定していたとする具体的内容についての主張や、右(1)の堀口代理人が予定していた内容は、当初塩田代理人が陳述する予定であったところ、同人が所用で出席できなくなったため、急きょ堀口代理人に交代したものであること(弁論の全趣旨)、釘崎代理人も、一人で全部陳述してもいい旨証言していること(〈証拠略〉)などを総合すると、原告らの陳述の具体的内容が真に九名で分担して意見を述べる必要があったかは疑問である。

また、前記認定のとおり、原告らは口頭意見陳述の内容を書面で提出することを了承し、実際、あらかじめ陳述内容を文書にしていたこと(〈証拠略〉)、そして、本件訴訟は、本件裁決がなされた平成三年四月一九日から三か月足らずの同年七月八日に提起され、しかも当初から口頭意見陳述をさせなかったことが裁決の主たる違法理由とされていたこと、原告らは、前示のとおり、口頭意見陳述の具体的内容について主張していることに照らすと、本件訴訟において、右口頭意見陳述の内容を記した文書が証拠として提出されてしかるべきであるが、これについてはその一部も提出されていない。そして、原告本人が九名全員が意見陳述する予定ではなかったと思う旨供述していること(〈証拠略〉)や、釘崎代理人は、前記平成二年八月三日の口頭意見陳述の際にも代理人の一人として出頭したが、意見陳述を分担してはいなかったこと(〈証拠略〉)を合わせ考慮すると、原告ら九名全員が実際に意見陳述を予定していたかも疑問といわざるを得ない。

したがって、口頭意見陳述のために、原告ら九名全員が一度に入室する必要性があったということはできない。

4  右のとおり、井坂審判官が原告らに申し出た、原告ら九名を三名ずつ三回に分けて意見聴取を行う旨の方法は、裁量の範囲を逸脱したものとはいえず、したがって、井坂審判官は原告らに対し、口頭意見陳述の機会を与えたものと認めるべきであり、しかも、原告らにとって意見陳述が不可能に等しいようなものであったということもできない。それにもかかわらず、原告は、原告ら九名全員が一堂に会しての意見陳述でなければならないとの立場に固執して、被告の指定した口頭意見陳述の機会を放棄したものである。よって、本件審査請求の審理手続は適法というべきであり、原告の主張する憲法三一条、三二条違反の問題が生じる余地もない。

三  また、原告は、代理人は、各自審査請求人のために審査請求に関する一切の行為をすることができ(法一〇七条二項)、代理人には各自審査請求の審理に立ち会って口頭意見陳述等を行う権利があるから、複数の代理人が選任されている場合、担当審判官は、口頭意見陳述の場に代理人全員を出席させなければならず、担当審判官によって口頭意見陳述の場への同席が拒絶された場合は、審査請求人の防御権のみならず、代理人の代理権及び口頭意見陳述権の侵害にもなる旨主張する。しかし、代理人が複数選任されている場合においても、その全員を口頭意見陳述の場に同席させなければならないとする明文の規定はなく、審判官において代理人の権限を侵害しない範囲内において、一度に同席させる代理人の人数を制限することも、審判官の裁量権の行使として許されるものというべきである。そして、前記のとおり、本件において井坂審判官は原告に口頭意見陳述の機会を与えた上、一度に出席する代理人の人数を制限したもののそれぞれの代理人にも審理に立ち会って口頭意見陳述等を行う権利を行使する機会を与えたものであるから、一度に代理人全員を同席させなかったからといって何ら審査請求人の防御権、代理人の代理権及び口頭意見陳述権を侵害するものではなく、原告の右主張は理由がない。

なお、付言するに、本件審理のための部屋に予定されていた会議室の収容能力は一一名であったのであるから、原告らの希望を受け入れる方向で検討し、それが不可能ないし困難な事情があれば、その理由を説明するなど柔軟な態度を採ることも可能であったと思われるところ、井坂審判官がそれをすることなく、かたくなに自己の審理方法に固執したことは批判されなければならない。

四  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 江藤正也 秋吉仁美 大藪和男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例